欧州はAIで巻き返せるのか:Scalewayが見る主権クラウドとGPU依存
AIにおける「1年遅れ」は、本当に小さな差なのでしょうか。
欧州のクラウド企業ScalewayのCEOであるDamien Lucas氏が、The French Tech Journalのインタビューで、欧州のAI主権とクラウド依存について語りました。記事の中で特に印象的なのは、Lucas氏が「欧州はクラウドでは10年遅れたが、AIではまだ1年遅れにすぎない」と述べている点です。
これは一見すると、欧州にとって前向きなメッセージです。クラウド時代にはAmazon、Microsoft、Googleといった米国勢に大きく主導権を握られた。しかしAIでは、まだ巻き返せる余地がある。そうした見立てです。
ただし、AIの進歩速度がクラウドの何倍も速いと考えるなら、この「1年遅れ」は決して軽くありません。むしろ、クラウド時代の数年分、あるいは10年分に近い重みを持つ可能性があります。

Scalewayとは何を目指す会社なのか
Scalewayは、欧州の主権クラウドを掲げるクラウドプロバイダーです。Lucas氏は同社の価値提案について、海外技術からの独立性や、域外法の影響を受けにくい点、そして価格競争力を挙げています。
ここでいう主権クラウドとは、単にデータセンターが欧州にあるという意味だけではありません。誰が株主なのか、どこの法律の影響を受けるのか、ソフトウェアスタックを自社でどこまで管理できるのか、といった点まで含む概念です。
Lucas氏によれば、ScalewayはEU外に直接・間接の株主を持たず、EU外に子会社やスタッフも置いていないとしています。また、クラウドスタックについても、オープンソースを用いながら100%自社で開発しており、VMware、Broadcom、Red Hat、IBM、Microsoftなどのライセンスに依存していないと説明しています。
欧州がクラウドで抱えた構造的な遅れ
記事では、欧州のクラウド市場が約800億ユーロ規模であり、その約85%をGoogle、Amazon、Microsoftの米国ハイパースケーラーが握っているというLucas氏の見方が紹介されています。
この数字は、欧州にとってかなり重い意味を持ちます。クラウドは、企業の業務システム、行政サービス、研究開発、AI開発の土台です。その基盤を海外企業に大きく依存しているということは、価格、規約、規制、データ管理、調達方針の面で、自国・地域の意思だけでは動かしにくい部分があるということです。
Lucas氏は、欧州が主権を意識するようになった背景として、COVID-19、米国Cloud Act、2023年のGPU不足などを挙げています。特にGPU不足の局面では、米国ハイパースケーラーの優先順位が「米国第一」に見えたと説明しています。
つまり、これは単なる「欧州企業を応援しよう」という話ではありません。AI時代の産業競争力や経済安全保障に関わる話として語られているのです。
AI時代のデータセンターは、まったく別物になっている
記事で興味深いのは、AIによってデータセンターの前提が大きく変わっているという指摘です。
Lucas氏は、かつてのデータセンターは100キロワット規模の部屋に多くのサーバーを並べるイメージだったのに対し、現在ではAI用の1ラックだけで100キロワット、あるいはそれ以上を消費すると説明しています。そして、データセンターはメガワット規模ではなく、ギガワット規模で考える時代になっていると述べています。
この変化は、AI競争が単に「良いモデルを作る」だけでは済まないことを示しています。必要なのは、GPU、電力、冷却、土地、資金、長期契約、公共調達まで含めた総合的なインフラです。
Scalewayは、欧州委員会のCloud III調達プログラムに選ばれた企業の一つであり、EU機関向けに最大6年間、主権クラウドサービスを提供する枠組みに関わっています。Lucas氏は、こうした公共部門の需要確約が、巨大なインフラ投資を進めるうえで重要だと説明しています。
GPU依存という残された課題
一方で、Lucas氏は欧州の弱点も率直に認めています。Scalewayはソフトウェアや組織面で欧州主権を打ち出していますが、GPUやCPUについては米国から購入しており、これは大きな依存だと述べています。
この課題に対して、Scalewayはフランスのチップ設計企業VSORA、ZML、イル=ド=フランス地域圏と連携し、VSORAのJotunn8プロセッサを使った欧州製AI推論基盤を進める構想を発表しています。Lucas氏は、チップが準備でき次第、Scalewayのデータセンターで稼働させると説明しています。
ここで重要なのは、対象が「学習」ではなく「推論」である点です。AIモデルの学習には非常に大規模な計算資源が必要ですが、実際の業務利用では推論コストも大きな問題になります。企業や行政がAIを日常的に使うようになれば、推論基盤をどこで、誰の管理下で、どのコストで動かすかが重要になります。
「AIではまだ1年遅れ」は楽観か、それとも危機感か
Lucas氏は、クラウドでは欧州が10年遅れたが、AIではまだ1年遅れだと述べています。そして、次の革命として量子技術を挙げ、欧州には量子スタートアップが多く、次の波を欧州主導にできる可能性があると語っています。
この見方は前向きです。ただし、ここには注意が必要です。
クラウドの10年とAIの1年は、単純には比較できません。クラウドはインフラ、営業網、開発者エコシステム、企業移行に時間がかかる領域でした。一方でAIは、モデル性能、開発ツール、API、オープンソース、チップ、推論コストが短期間で変化します。
もしAIの進歩速度がクラウドの10倍に近いとすれば、AIにおける1年遅れは、感覚的にはクラウドの10年遅れに相当するという見方もできます。これはユーザーさんの指摘通り、かなり重要な論点です。
ただし、AI競争には複数の層があります。最先端モデルの性能競争では1年の遅れは致命的になり得ます。一方で、企業向けの推論基盤、主権クラウド、公共部門のAI導入、特定業界向けの小型モデルでは、まだ巻き返しの余地があります。
つまり、「AIで1年遅れだから大丈夫」と楽観するのも、「もう完全に手遅れ」と見るのも、どちらも単純化しすぎかもしれません。
日本にとっても他人事ではない
この議論は、欧州だけの話ではありません。日本もまた、クラウド、GPU、基盤モデル、半導体製造装置、データセンター、電力といった複数のレイヤーで海外依存と向き合っています。
企業が生成AIを使うとき、多くの場合は海外クラウドや海外AIモデルを経由します。これは便利である一方、データ管理、規制対応、コスト、サービス停止リスク、調達条件といった問題も伴います。
そのため、日本の読者にとってこのニュースの意味は、「欧州が米国に対抗している」という単純な構図ではありません。AIを使う企業や行政が、どのレイヤーを自前で持ち、どのレイヤーを外部に任せるのかを考える材料になります。
今後注目したい点
- 欧州製AI推論チップが実際にどの程度の性能・コストで稼働するのか
- Scalewayのような主権クラウドが、米国ハイパースケーラーに対してどこまで市場シェアを取れるのか
- 公共調達が欧州AIインフラの成長をどれだけ後押しするのか
- GPU依存、電力確保、データセンター建設の制約をどう乗り越えるのか
- 「主権」と「利便性・コスト・性能」のバランスを企業がどう判断するのか
まとめ
Scaleway CEOの発言は、欧州がAI時代のインフラ主権を取り戻そうとしていることを示しています。クラウドでは米国勢に大きく遅れたが、AIではまだ勝負できる。これが記事全体の中心的なメッセージです。
ただし、「AIではまだ1年遅れ」という表現は、そのまま受け取るだけでは不十分です。AIの進歩速度を考えれば、1年の差は非常に大きい可能性があります。
重要なのは、AI競争をモデル性能だけで見るのではなく、クラウド、チップ、データセンター、電力、公共調達、法制度まで含めたインフラ競争として捉えることです。
欧州の課題は、日本にとってもよく似ています。AIを使う側であり続けるのか、それとも一部の基盤を自分たちで持つのか。その問いが、これからますます現実的になっていきそうです。