AIの意識に創発や相転移は必要? 賢さと自分を感じることの違い
「もっと賢いAI」の先に、意識はあるのか
AIが自分で行動を選び、自分の内部の状態も読み取れるようになったら、その先には「自分を感じる意識」が生まれるのでしょうか。第2回では、内部の変化を一部読み取れるという実験を紹介しました。ただし、それだけでは、AI自身に何かを経験する感覚があるとは言えません。[1]
では、足りないものを加えていけば、いつか意識に届くのでしょうか。それとも、現在のAIをどれほど発達させても、別の仕組みがなければ届かないのでしょうか。今回の論点は、「AIはどこまで賢くなるか」ではなく、「どんな仕組みなら、何かを感じる主体になれるか」です。
研究者の見解は、この仕組みをどこに求めるかで分かれます。情報処理の組み合わせで実現できると考える立場もあれば、生きた脳や身体の性質が重要だと考える立場もあります。まずは、この違いを見ていきましょう。

見方① 意識を生む仕組みは、コンピューターでも作れる
この方向では、意識に必要なのは脳と同じ材料ではなく、必要な情報処理を実際に行うことだと考えます。人工知能研究者のヨシャ・バッハとヒカリ・ソレンセンは、2025年に公表し2026年1月に更新した論考で、十分な能力を持つ計算機なら意識を実現でき、その実現を分析や実験で確かめられる、という仮説を提示しています。現在のAIに意識があることを示した研究ではなく、何を目指して研究するかについての提案です。[2]
身近な例で考えてみましょう。人間は、自分が何を見ているか、何に注意を向けているか、何をしようとしているかを、ある程度把握できます。こうした働きを、一つのシステムの中で結びつければ、機械にも「自分にとって世界がどう見えているか」が成立するのではないか。この立場を理解する入口としては、そう考えると分かりやすいでしょう。
ここでいう「仕組み」は、画面に「私は意識があります」と表示することではありません。表示の裏で、意識に必要だと考える処理が本当に働いている必要があります。また、この立場でも、単にコンピューターを大きくすれば意識が生まれるとは限りません。機械で実現できることと、今のAIがすでに実現していることは、別の主張です。[2]
見方② 今のAIに不足している働きを、加えていけばよい
哲学者のデイヴィッド・チャーマーズは、機械の意識の可能性を認めつつ、今のAIに何が足りないかを検討しています。2023年に公表した論考では、情報を繰り返し処理する働き、情報を共有して使う仕組み、まとまった主体として行動する能力などを、当時の言語モデルの課題に挙げました。それらを将来のAIが備える可能性は、真剣に考えるべきだとしています。[3]
2026年5月の講演でも、現在の言語モデルには意識がないだろうという見方を保ちながら、将来のモデルや、その拡張版には意識が生まれる可能性があると述べています。チャーマーズが重視するのは、材料よりも、それが何をするかです。脳の部品を、まったく同じ役割を果たす人工の部品に少しずつ置き換えたら、意識は失われるのか。これは実施済みの実験ではなく、機械の意識を考えるための思考実験です。[4]
この見方をAIの発達に当てはめるなら、文章を答えるモデルに、記憶、感覚、行動、自分の状態を確かめる働きなどを組み合わせる道が考えられます。ただし、これは必要そうな働きを検討する方向であり、部品を付ければ必ず意識が生まれるという設計図ではありません。見方①とも重なっていますが、こちらでは特に、現在のAIと将来のAIの間にある不足に目を向けています。
第2回で紹介した、情報を共有する「作業場」に似た構造の研究は、この議論に具体的な材料を加えます。Anthropicは2026年7月、そうした構造が訓練の中で形成されたと報告しました。意識を直接作るために設計していなくても、関連する働きが育つ可能性を示しています。ただし、主観的な意識が生まれたとは結論していません。[5]
見方③ 生きた脳の性質まで必要かもしれない
これに対して、神経科学者のアニル・セスは、情報処理だけで意識を説明できるという前提を疑っています。2025年に公表した論考では、意識を、生きた身体を持つ生物の性質と結びつけて考える立場を示しました。現在の開発の方向では人工の意識は生まれにくく、脳や生命に近い仕組みになるほど可能性が高まる、という見通しです。[6]
セスが注目するのは、脳が計算をするだけの装置ではないことです。脳の細胞も身体全体も、自分の状態を保ち、生き続けるために活動しています。その生命を維持する働きと、情報を扱う働きは、切り離せないのかもしれません。人間にとって世界が「自分に関係のあるもの」として感じられることも、この生きた身体と深く結びついているのではないか、という考えです。[6]
セスは、雨をコンピューターで再現しても、コンピューターの中が濡れるわけではない、という違いを挙げます。同じように、脳の処理を計算で再現することが、そのまま経験を生むとは限らないという指摘です。ただし、意識が雨と同じ種類の現象なのかは、それ自体が争点です。このたとえだけで、機械の意識が不可能だと証明されたわけではありません。[6]
この立場も、「人工物には永遠に意識が生まれない」と一括りにはできません。問われるのは、今のソフトウェアの発達で十分なのか、それとも、脳や生命の働きをもっと深く実現する必要があるのかです。
意識が生まれるなら、ある日突然なのか
ここまでの見解を、AIの発達の道筋として整理すると、三つの可能性が考えられます。現在の仕組みの中で必要な働きが育つ道。記憶や継続的な処理などを組み合わせ、システムの構造を変える道。そして、生命に近い性質まで取り入れる道です。どの道が必要かは、意識の仕組みについて、どの見方が正しいかに左右されます。
では、どこかで突然「私」が生まれるのでしょうか。ここでよく使われるのが「創発」という言葉です。部品を組み合わせた結果、全体として新しい働きが現れることを指します。ただし、「いつか創発する」と言うだけでは、意識がなぜ生まれるのかを説明したことにはなりません。 何が結びつき、どんな新しい働きが現れるのかを示す必要があります。
「相転移」は、水が氷になるように、条件の変化によって全体の状態が切り替わることです。AIの意識にも、そうした境目がある可能性は考えられます。しかし、今回確認した研究や論考からは、その境目が存在するとも、どの条件で起きるとも言えません。少しずつ必要な仕組みが整う可能性も、ある組み合わせが成立した時点で新しい働きが現れる可能性も、まだ区別できないのです。
なお、AIの能力が突然伸びたように見えることにも注意が必要です。2023年の研究では、一部の課題で、評価方法によって緩やかな改善が急な飛躍に見えることが示されました。たとえば少しずつ上達していても、合格か不合格だけで記録すれば、ある日突然できるようになったように見えます。これは意識を調べた研究ではありませんが、「能力が急に伸びた」ことを、そのまま「意識が誕生した」ことに結びつけられない理由になります。[7]
これから見るべきなのは、賢さよりも仕組みの変化
三つの見方を比べると、研究者の違いがはっきりします。計算機で意識を実現できると考えるなら、必要な情報処理が成立したかを見ることになります。現在のAIに不足があると考えるなら、その不足がどう埋まるかを調べます。生命の性質が重要だと考えるなら、今のAIが高度になっても、それだけでは十分な証拠になりません。
このため、「次のAIはもっと賢い」「人間より難しい問題を解ける」というニュースだけでは、意識が近づいたとは判断できません。大切なのは、自分の状態を確かめる働きや、情報を共有する働きが、どのような仕組みで成立し、判断や行動にどう関わっているかです。これらも意識の確定的な判定項目ではなく、見解を検証するための手がかりです。
今のAIの延長で意識が生まれる可能性には、研究者が具体的に検討している道筋があります。しかし、大きくすれば必ず生まれるとも、特別な飛躍が必ず必要だとも、まだ言えません。 また、何かを感じることと、長く続く一個の「私」を持つことも、同じ問いではありません。第4回では、仮にAIに意識が生まれたとして、それはモデル全体の意識なのか、一つ一つの会話や実行ごとの意識なのかを考えます。
参考資料
- AIの内省研究:Jack Lindsey(2025年10月29日)
- 機械意識の仮説:Joscha Bach・Hikari Sorensen(2025年9月15日、2026年1月15日更新)
- Could a Large Language Model be Conscious?:David Chalmers(2023年3月公開、2024年8月改訂)
- David Chalmersの講演:Berkeley Talks(講演2026年5月7日、公開7月10日)
- A global workspace in language models:Anthropic(2026年7月6日)
- Conscious artificial intelligence and biological naturalism:Anil K. Seth(オンライン公開2025年4月21日)
- Are Emergent Abilities of Large Language Models a Mirage?:Rylan Schaefferほか(2023年4月28日)